カラスとネズミ

 朝、二羽の烏に襲われる鼠を見た。鼠は泣き声をあげながら必死で逃げていた。烏は明らかに餌とするつもりであろう。あまりに大きな力の差は弄んでいるようにも見え、見かねて烏を追い払い鼠を排水溝へせき立てた。


 そこでふと先日出会った烏のことを思い出した。すでに日は落ちていた。夕方には巣へ還るだろうに、それは夜の町に留まりジッとしていた。おそらく弱ってしまって飛び立てないのだろう。路肩にうずくまり羽は乱れ、一目で栄養状態の良くないことが分かった。人が近付くと恐怖に満ちた目で見上げ身を竦めていた。
 かつてテレビで「自然は自然のままに」というコメントを誰かがしていた。動物の生態系には人間が介入してはいけないという意味だ。烏に襲われる鼠を見た時に、以前の弱った烏の姿とその言葉が脳裏をよぎった。その意見が正しいとは思わない。しかし、目の前で襲っている烏も食べるための行為であって、それは悪事ではない。食べなければ弱ってしまうだろう。もしかしたら子供がいるのかもしれない。私はどうすれば良いのか分からなくなってしまった。


 排水溝まで行った鼠はそこでうずくまっていた。あと数歩で逃げることができるのに動こうとせず烏を見つめている。恐怖にかられているのではなく、運命を受け入れてしまったかのように見えた。刹那、烏が目の前を横切りそれを攫って飛び去った。
 まるで故事のようだ。人間の思惑など遠く及ばない。主体的な判断を下すことの難しさ、生きる意思を明確に持つ必要性、他を手助けすることの本質を考えた。



・・・・なんとなく、話し言葉じゃなくてちゃんとした文体で書きたくなるような出来事だったのです。なんつ〜のか、世間とは隔絶された自然の厳しさを垣間見たというか。これで迷わずネズミを助けていたら、日本昔話。ネズミの嫁が来たかもしれない。しかし、僕は一瞬躊躇した。カラスはその瞬間を見逃さなかった。その差が自然の中を必死で生き抜くってことなのかもしれない。

助けを求めるネズミの鳴き声と必死で抵抗する姿、諦めてしまった表情、弱ったカラスの怯えた表情、これからの運命を見つめる姿。どちらも焼き付いて離れない。