乙一「夏と花火と私の死体」

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)

夏と花火と私の死体 (集英社文庫)


届いたので読みました。
表題作「夏と花火と私の死体」と「優子」の二本立て。


乙一の作品は前から色々なメディアに取り上げられていたので気になっていまして。
初めて読みましたが軽くて読みやすいなぁと。
話のテンポも良く、構成もしっかりしていて、無駄に長かったりしなくて良い。


ただし文体が軽いのと表現が単純なのが気になります。
なんだか惜しいなぁ・・・と。面白いのに一歩足りないというか。
もっと膨らませられるのになぁとか思ったりします。


ただ、それはあとがきを読んで納得。
「夏と花火と私の死体」は乙一のデビュー作なのですが執筆したのは若干16歳の時。
確か引きこもりの少年だったんだよね。。


ワープロの練習の為に書いた小説が褒められて小説家になる。ホラー小説の割には怖くないと、近所の犬や猫に評判。実は普通の人以下。」(本人談)だそうな。


なんかさぁ。「蛇にピアス」を立ち読みしましたがあんな面白くないのを読むくらいなら、こっちだよね。
これだけの完成度で16才だよ??


あらすじは・・・・面倒くさいから引用

九歳の夏休み、少女は殺された。あまりに無邪気な殺人者によって、あっけなく。こうして、ひとつの死体をめぐる、幼い兄妹の悪夢のような四日間の冒険が始まった。次々に訪れる危機。彼らは大人たちの追及から逃れることができるのか?死体をどこへ隠せばいいのか?恐るべき子供たちを描き、斬新な語り口でホラー界を驚愕させた、早熟な才能・乙一のデビュー作。

村の森の奥まった所に、一本の木がある。そこは、わたしと弥生ちゃんと、弥生ちゃんのおにいさんの健くんの、三人だけの秘密の基地。いつものように、弥生ちゃんと木に登る。いつものように、村を眺めながらお話をする。と、その時…!次の瞬間、枝から滑り落ちていくわたしの体。…そして、わたしは死体になった!!それは九歳の夏の日の夕暮れのこと。

・・・な〜んか妙に落ちつきのないというか、座りの悪い小説なのです。


この小説は死体になった少女の語りで話は進んでいくのです。
そこが面白い。
その語り口が妙に淡々と他人事のように綴られているのが不気味でもあり、物語の救いでもあります。


でもそれだけじゃ目新しいだけで、そこまで違和感を感じないよなぁ・・・と思っていたら、ありました。変なところが。


殺された女の子の、自分を殺した相手への気持ちの描かれ方が妙なのです。。
普通だったら「憎い」「怖い」「助けて」、そういった気持ちになると思うのですよ。


でもこの少女は自分の死体を力を合わせて必死に隠そうとしている兄弟を「羨ましく」思ったり、血が出ている汚くなってしまった顔を見られるのを「恥ずかしく」思ったり。


まるで自分が死んでしまった事を自覚していないようなのです。
死んだということは概念的に分かっていても、不意に訪れた死を理解しきれていない。まだ兄弟とともに遊んでいるような感覚なのでしょうか。
きっと死とはそのようなものなのだな・・・と納得してしまいました。



それともう一つ。
作者自身も少女をまるで生きているかのように描いているのが、奇妙な感覚を生み出す原因となっているのでしょう。
死体なのに「顔に砂粒が当たるのを感じた」り、「足にかかっている小さな圧力」を感じたり。そんな表現がちらりほらり。


それらが「死体が自分の死後を読者に語る」という異常事態にリアリティを与えています。
「死なんてまだ訪れていないのだから、死んだらどうなるか分からないじゃないか!」と作者から言われているような気になります。


死んだら無に帰る、もしくはあの世へ行くという概念を持っている僕にとっては非常に奇妙な体験でした。
作者の死観が温かくも冷徹に感じられます。誰にでも平等にすぐ近くにあるものなんだよ、決して怖いものではないよ・・・と誘われているよう。
面白い。お勧めです。

「優子」はヒッチコックのサイコを彷彿とさせるような内容です。
いやぁ、話の作りが上手よね。ほんと。

他のも読んでみよ〜っと。
文章も上手になってるだろうし、最近のを読んでみたい。